同居日記

認知症の姑と同居して2年。先の見えない毎日を愚痴ります。

妄想

朝、ブログを書こうとしていたら、階下からお呼びが、
「すーちゃん、いる?ちょっと来て!」
久々のお呼び出し、怖いわ~。


「こんな『クスリ』って書いたメモだけ置いて、薬置いてないんじゃ
どうしようもないわよっ。」
「?」
「あれ?メモ。どこいった?『クスリ』って書いたメモ…」
「…」
「メモ、メモがない…。まぁいいわっ、一回くらい薬飲まなくてもっ!」
「私が置いておいた薬がなくなっているので、ちゃんと飲まれていると思いますよ。」
「だって、薬の入っていた包みがないじゃない!」
(そんなの知らないよ)っと思っていたら、生ごみあさりだした!やめて~!!
「ほら、ないじゃない。」
「プラだと思いますよ。」
私がプラごみあさるの待ってる様子。そんなことしませんよ。
もう上に行っていいのかな。


これがうちの日常。ですが、こんな意味のない?妄想初めてです。
あるはずのないメモがあったと…
今までのは、姑が猫の額ほどの庭にいる隙に、義妹(近所に住んで
いるわけではない)が小銭だけ持ち出したとか、
隣のおじいさんが私の留守中にうちにエロビデオもって来て、姑にせまったとか、
『THE 妄想』だったんですが。
新たなステージ突入か?


姑の名誉?のために言っておくと、隣のおじいさんの話は、私が留守中のこと
なので、妄想ではないかもしれません。
が、隣のおじいさんは、奥様想いのきちんとした方で、私にはそんな方には
思えません。
それに、隣のおじいさんにも、好みとかいろいろあると思う…。










いろんなことが嫌になる

姑に気を使い、引っ越したばかりで友達もなく、姑の話をするとかすかに
嫌な顔をする夫…
毎日買い物に出かけ、駅の近くまで行くと
「このまま実家に帰るか、どこかに行ってしまおう」と頭をよぎるようになりました。
でもでも、「娘が学校から帰り、私がいなくなってたら?」と思うとできませんでした。
でも、いったんうちを出ると戻れないんです。
本屋に行ったり、コーヒー飲んだり、すっごい遠回りして帰ったり。
なんとか毎日娘が戻るまでには、帰りました。


夫も私の愚痴を聞くのも、姑の状態を知るのも嫌だったでしょう。
実の親が認知症である気持ちは、私にはわからないので、辛いのか悲しいのか、
私たちに申し訳ない気持ちなのか、それとも「病気なんだからしょうがないじゃん」と
いたって平気なのか、今もってわかりません。
ただ、私が今日こんなことあった、と話すと
「気にしないでね。」といつも明るく言われました。
泥棒扱いされて、気にしないでいられる人っているんでしょうか?
他の介護者の方は、毎日同じ時間に同じ話をされて、いつも笑顔で返せるんでしょうか?


私はおとなしく耐えてばかりいられる性格ではなく、「はい、はい」と
相手にしなければいいようなことも、「それは私が盗ったって言ってるんですか」
などと口答えもしました。
そして、自己嫌悪。
どんどん性格が悪くなり、眉間の皺がとれなくなり、自分に嫌気がさしました。





これでも最初は頑張った

今、私は用事がない限り姑と話しません。
食事も夕食以外は一緒に食べません。
洗濯物もできるだけ別にしたい感じ。
姑しか食べないものは、一番安いの買っておきます。


ひどい嫁だと自分でも思います。
でも、でも、でも、何も最初から気嫌いしてたわけじゃありません。
義姉妹たちとは仲良くしています。


記憶がない人と話すのって、話題がない!
だって続きの話ができないもん。
毎日今日の天気の話。
しかも「ちーがーうーだーろー」って言いたいくらい天気もあってない。
そして、二人での昼食時の話題は、「すーちゃんのお母さん、お父さん亡くなって、
一人でやってるんでしょ?」
は?うちの父、亡くなったの?
父は元気だと指摘すると、へらへら笑いながら、
「あー会ったことないから、いないと思っちゃった。」と死んだと思っている理由を
長々と話し続ける。ずっと笑いながら。
何回も会ってるけどねー。
それでも戦後の話や、主人の小さいときの話など、これなら語れるだろ!と思う
話題を毎日振りまくりました。


桜の季節にはおにぎり作って、公園に誘いもしましたよ。
花には興味を示さず、義妹を泥棒と疑う理由を延々と聞かされました。


食事も好き嫌いが多く(今はあらゆる物を食べ尽くす)、持病もある姑に、食事も工夫
しましたよ。


あのころの私に言ってあげたい。
それ、やっても無駄だから。